1話 150円の壁
高度成長待っただなの大阪の小さなゲーム開発会社。
設備らしい設備はパソコン数台だけ。
成長の源泉は、若い社員たちの頭脳と情熱だった。
社長の村上は、毎晩のように近所の食堂から夜食を取り寄せ、
かつ丼や肉うどんを社員に振る舞っていた。
「腹が減ったら頭が回らん」「好きなものを好きなだけ食え」
それが彼なりの“人への投資”だった。
しかし税務調査が入り、
150円を超える夜食は給与扱いと指摘される。「誰でも食べるだろう」
製造業には土地も工場もあり、広大な土地、大量の電力を使い第二の利益ともいわれる減価償却という制度がある。
だが、3次産業は狭い事務所でそんなに社会インフラを使っていない、それでもたくさん納税しても、償却する資産がない、その会社が人に投資しても、それは“資産”として扱われない。
村上は悟る。
この国は、人を資産として認める仕組みを持っていない。
だからこそ、人が使い捨てられる未来が来るのかもしれない。
昭和の終わりが静かに近づいていた。
2話 温泉旅館
その年、会社は大きな利益を出した。
村上は社員を労うため、金沢の温泉旅館を貸し切り、慰安旅行を計画する。
しかし、全額会社負担の旅行は経費として認められない可能性がある。
税理士の助言で、旅程の一日に“会議”を入れることにした。
旅館の大広間で、湯飲みを前にして行われた会議は、
意外にも白熱し、翌年の新作ゲームの企画につながった。
税務調査で査察官は議事録を見て言う。
「こういうのは、知恵比べですからね」
村上は思う。
制度の隙間を縫うのも経営だが、本当に守りたいのは若い才能だ。
昭和が終わり、平成が始まろうとしていた。
3話 償却されない人材
時代は3次産業へと移り、
価値の中心は“設備”から“人”へと完全に移行した。「持たない経営」という言葉も出てきた、
本来なら、
人材への投資こそが企業の資本形成であり、
減価償却の対象になるべきだった。
しかし日本はその制度を作らなかった。
代わりに導入されたのは、
• 労働市場の流動化 派遣業の解禁
• 自己責任論 副業の勧め
• 非正規雇用の拡大
• 終身雇用の崩壊
という“欧米スタイルの表面だけを真似た制度”だった。
欧米では人材投資を資産として扱う議論が進んでいたが、
日本ではそれが“自己責任”にすり替えられた。
皆で「温泉」に入っていた、どうも「ぬるく」なってきた、自分一人が温泉を出て風邪をひいても自己責任、温泉の中で皆が風邪をひくんだったら仕方がない、
結果として、
企業は人を育てず、社会は人を守らず、
若い才能は消耗品のように扱われる時代が訪れた。
村上は静かに思う。
――本来、償却されるべきは設備ではなく、
人が積み上げてきた努力と時間だったのではないか。
昭和の価値観が消え、
平成の合理化が進み、
令和の不安定さが生まれた。
世の中が成熟するにつれ、労働は二つに割れた。
ひとつは、マニュアルを作る側。
もうひとつは、マニュアル通りに働く側。
前者は年収1000万円。
後者は300万円。
その差は、努力や才能ではなく、構造によって固定化されていった。
コンビニ産業は、その縮図だった。
マニュアル通りに働く人々は、24時間365日、
クレーム、補充、清掃、レジ、宅配、公共料金、チケット、コピー機のトラブルまで、
あらゆる雑務に追い回される。
だが、社会はその負担を「自己責任」と呼んだ。
そして企業は、彼らの負担を軽くするのではなく、
ロボット化・無人化・セルフ化へと進んでいく。
• セルフレジ
• 無人店舗
• 自動発注
• AIカメラ
• ロボット清掃
人間が担っていた仕事は、次々と機械に置き換えられた。当然故障、盗難とかのリスクも起きる、
これは、保険などの金融商品に置き換わっていく、
だが、村上は思う。
――償却されるべきは、本当に設備だったのか。
昭和の工場では、設備が価値の中心だった。
だから減価償却があり、税制も会計も設備を守るように作られていた。
しかし、平成、令和と時代が進むにつれ、
価値の源泉は完全に「人」へ移った。
• マニュアルを作る人
• システムを設計する人
• 顧客体験をデザインする人
• 新しい価値を生み出す人
彼らこそが企業の資本だった。
だが、日本の制度はその変化に追いつかなかった。
人材投資は資産として扱われず、
教育も研修も、すべて“費用”として即時に消える。
その結果、企業は人を育てず、
社会は人を守らず、
労働は二極化し、
低賃金の側はロボットに置き換えられていく。
村上は静かに思う。
――本来、償却されるべきは設備ではなく、
人が積み上げてきた時間と経験だったのではないか。
だが、制度はそれを認めない。
そして社会は、その歪みの上に成り立ったまま、
今日も静かに回り続けている。