短編小説

短編小説 「商標は商品の顔」

★商標は商品の顔
京都の町家を改装したオフィスに勤める木村は、中堅ゲームメーカーC社の知的財産担当だ
った。彼の机には、日々のルーチンワークとして商標出願の書類が積み上がっていた。だ
が、その日常はある一つのゲームによって一変する。
C社が開発したアーケード向けシューティングゲーム『D』は、ゲームセンターで爆発的な
人気を博し、海外でも熱狂的なファンを生んだ。木村は当然のように第28類(ゲームセン
ター用機器)で商標Dを出願し、社内は祝賀ムードに包まれた。
「この勢いで家庭用にも展開しよう!」
社長の一声で、開発部は第9類(家庭用ゲームソフト)向けの移植に着手。業績アップの
期待が高まり、社内は活気に満ちていた。
ところが、発売を目前に控えたある日、一本の電話が鳴る。
「もしもし、B社の者ですが……家庭用の『D』商標、うちが持ってますよ。」
社内は凍りついた。木村は慌てて調査を始める。出願履歴を確認する手が震えた。――家庭
用区分、第9類の出願が抜けていた。
「まさか……」
木村の顔は青ざめた。社内は騒然。開発部は怒り、営業部は困惑し、経営陣は頭を抱えた

結局、C社はB社に多額の金額を支払い、商標権を買い取ることで和解した。
「本来は自分たちのものなのに……」
木村は悔しさを噛みしめた。社内では「知的なやくざもどき」とB社を揶揄する声もあっ
たが、法的には何も言えない。
この事件をきっかけに、C社は知的財産管理体制の抜本的な見直しに乗り出した。
第28類、第9類、第41類――それぞれの区分に対する理解と出願の徹底が社内に根付いた。
そして木村は、社内の知財教育の講師として、こう語るようになった。
「商標は商品の顔です。顔を守ることは、会社の未来を守ることなんです。」

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