佐藤教授は、大学のコンピュータグラフィック学部で情報処理を教えている。教室には最新のCGソフトが並び、学生たちは目を輝かせてマウスを握る。だが、教授の目にはその光がどこか空虚に映る。
「君たちは、操作を学んでいる。だが、作品を作っているか?」
ある日の講義で、佐藤は静かに問いかけた。学生たちは一瞬手を止めるが、すぐにまた画面に向かう。レンダリング速度、エフェクトの精度、プラグインの数——それらに夢中になっている。
佐藤は、かつて鉛筆一本で絵を描いていた。線の震えに感情が宿り、色の滲みに心が現れた。今は、ワンクリックで光も影も思い通りになる。だが、そこに「作者の内面」はあるのか?
ある日、佐藤は一人の学生・遥に声をかけた。彼女は技術に長けていたが、作品に魂が感じられなかった。
「遥、最近何かに感動したか?誰かと笑ったか?泣いたか?」
遥は戸惑いながら答えた。「…忙しくて、ずっと研究室にいました。」
佐藤は言った。「放電するには、まず充電しなきゃいけない。恋をしろ。旅に出ろ。酒を飲め。人とぶつかれ。そうして初めて、君のCGは“君の作品”になる。」
その言葉に遥は何かを感じたのか、翌週から姿を見せなくなった。教授は心配したが、しばらくして彼女は一枚の作品を提出した。
それは、荒れた海辺に立つ少女の背中を描いたCGだった。風に髪がなびき、空は曇っていた。だが、その曇りの中に、確かに光があった。
佐藤は微笑んだ。「ようやく、君の絵になったな。」
CGソフトは進化する。だが、作品を生むのは人間だ。手段が目的を飲み込む時代に、佐藤は今日も静かに語る。
「操作は技術。作品は心。忘れるな。」