短編小説

短編小説『契約の向こう側』

短編小説『契約の向こう側』
第一章:紙の約束
ゲーム開発会社Bの部長・佐藤は、胸を張って契約書に判を押した。相手は業界の巨人、ゲームメーカーA社。A社が独自に開発した16Bit家庭用ゲーム機向けに、B社がROMカセット10万個を製造・納品するという契約。単価は3,000円。弁護士も交えて慎重に作成した契約書は、まさに法的にも完璧なものだった。
「これで我が社も一流メーカーの仲間入りだ」
佐藤はそう思っていた。

第二章:揺らぐ現実
契約から数ヶ月後、A社の専務・田島から一本の電話が入る。
「佐藤さん……売れ行きが思わしくないんだ。10万個は厳しい。5万個に減らしてもらえないか?」
佐藤は言葉を失った。契約は契約。だが、田島の声には切実さが滲んでいた。
社長に報告すると、返ってきたのは冷徹な一言だった。
「そのための契約書だ。履行してもらえ」
しかし佐藤は悩んだ。田島とは長年の付き合いがある。人間関係もある。契約書の向こう側には、顔の見える相手がいる。

第三章:妥協の果て
悩んだ末、佐藤は提案した。
「納品はしません。ただし、利益分は保証していただきたい」
A社は了承した。契約は履行されなかったが、B社は損をしなかった。佐藤は安堵したが、社長は言った。
「それなら最初から契約書に書いておけ。何のための契約書だ?」
その言葉が胸に刺さった。

第四章:海の向こうの契約
数年後、B社は米国企業と契約を結ぶことになった。契約書には、履行できなかった場合の「反対条項」が明記されていた。違約金、納期遅延時の対応、解除条件——すべてが詳細に記されていた。
佐藤は驚いた。
「これが契約というものか……」
日本では、契約書は“村の一員であることの確認書”のようなものだった。争いを避け、和を重んじる文化。だが、米国では契約は“戦うための盾”だった。
最終章:契約の意味
佐藤はふと、田島とのやりとりを思い出した。あのとき、契約よりも人間関係を優先した自分。間違っていたとは思わない。だが、契約とは何か——その意味を深く考えるようになった。
契約は信頼の証であり、同時に責任の証でもある。
佐藤は新しい契約書を前に、ペンを握った。
「今度こそ、すべてを書き記そう。信頼も、責任も、そして万が一のための道も」
そして、静かに署名した。

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