短編小説

短編小説 「仕入れの眼」現物、現場がカギ

山根電機の社長、山根重信は、ある晩ひとり資材部の倉庫に足を踏み入れた。誰にも告げ
ず、スーツの袖をまくり、棚に並ぶ金属加工部品を手に取る。テレビの筐体に使われる部
品だ。図面、仕入れ伝票、そして現物——三つを揃えて初めて、商いの「利」が見えると
彼は信じていた。
翌朝、社長室に呼び出された仕入れ担当の三人は、机に並べられた大小の部品と図面を前
に言葉を失った。
「この小さい部品が、大きいものより高い。なぜだ?」
誰も答えられない。端材の扱いも知らず、加工工程も見ていない。伝票だけを見て仕入れ
ていたのだ。
「君らは伝票を仕入れているのか?現物を見ずに、価格を語るな。」
社長の声は静かだったが、重かった。
その日から、資材部では「図面・現物・伝票」の三点突合せが義務づけられた。部品の形
状、加工の難易度、端材の量——すべてが価格に直結する。数字だけでは見えない「商い
の構造」が、現物には刻まれていた。
数日後、社長は資材部長を呼び出した。
「テレビモニターの仕入れ価格は?」
「……すぐには……」
「ライバルはいくらで買っている?」
沈黙が流れた。
「即答できないようでは、経営に関われない。」
その場で資材部長は解任された。
社長は言った。
「商いの利は元にあり。原価を知らずして、利益は語れぬ。」
それから山根電機では、仕入れ担当が現場に足を運び、図面を読み、加工工程を見学する
ようになった。伝票は数字の記録にすぎない。現場、現物こそが、商いの真実を語る。
そして数年後、山根電機は業界で最も原価管理に厳しい企業として知られるようになった

-短編小説