埼玉県・鶴ヶ島市の駅前に、小さな花屋「花音(かのん)」がある。店主の高橋美咲は、
花を愛する穏やかな女性。季節の花を丁寧に束ね、店先に並べる姿はまるで絵画のようだ
った。
だが、美咲にはひとつの悩みがあった。
「このブーケ、いくらにすればいいんだろう…」
彼女はいつも値段を決めるのに迷っていた。高すぎれば売れない。安すぎれば利益が出な
い。何より、自分の花に値札をつけることが、どこか心苦しかった。
ある日、経営塾で知り合った友人の翔太(喫茶店「カフェ・空白」の店主)が店を訪れた
。彼は美咲の悩みを聞き、ノートを開いて言った。
「この通りの花屋は、同じようなブーケを2,500円で売ってる。君の花はもっと丁寧だか
ら、少なくともそれ以上でもいいはず」
美咲はうなずいた。「でも、他人の値段に合わせるだけじゃ、私らしさが出ない気がする
」
「花材が1,200円、ラッピングが300円、作業時間を考えて…利益を乗せて2,000円くらい
が妥当かな」
美咲は首をかしげた。「それだと、数字に引っ張られてしまう。花の“気持ち”が消えてし
まう気がする」
翔太は微笑んだ。「君の花は“贈る人の気持ちを代弁する”ものだよね。だったら、値段は“
感情の価値”で決めるべきじゃない?」
美咲は目を見開いた。「そうか…私は“言葉にできない想いを束ねる”花屋なんだ」
翌朝、「花音」の店先には新しい値札が並んだ。
- 季節のブーケ:2,800円(競合ベース)
- お供えの花束:2,200円(コストベース)
- 想いを伝えるオーダーブーケ:4,500円(戦略ベース)
常連客は驚いたが、誰も文句は言わなかった。むしろ、「この値段なら、気持ちが伝わる
ね」と笑顔を見せた。
数ヶ月後、「花音」は“心を束ねる花屋”として雑誌に取り上げられ、美咲はフローリスト
としてだけでなく、経営者としても一歩を踏み出していた。
売値をどう決めるかによって、店の未来が変わる。