短編小説

短編小説 「一つの不良」

短編小説「ひとつの不良」
電子部品メーカーの工場長・佐藤は、営業課長の田村に呼び止められた。
「工場長、A商品に不良が出たそうですが、困ります。改善してください。」
佐藤は眉をひそめながら答えた。
「確かに特定の顧客に迷惑をかけて申し訳ない。しかし、不良率は低いし、大した顧客でもない。特に問題はないだろう。」
田村は静かに、しかし強い調子で言った。
「工場長、例えば携帯電話を買った人が、動かなければそれは100%不良なんです。顧客にとっては“率”ではなく“信用”がすべてです。信用は数字で測れません。」
その言葉に佐藤は黙り込んだ。工場の統計表には確かに不良率は小さく記されている。だが、その小さな数字の裏には、ひとりの顧客が「裏切られた」と感じる現実がある。
翌日、佐藤は現場に立ち、作業員たちに向かって言った。
「一つの不良が、会社全体の信用を失わせることがある。数字ではなく、顧客の心を守ることが私たちの仕事だ。」
作業員たちは真剣な眼差しでうなずいた。
その瞬間、工場の空気は変わった。品質とは統計ではなく、顧客の信頼を守る約束なのだと、皆が理解したからだ。

「不良率の低さ」よりも「顧客の信用」が大切。
一人の顧客の失望は、会社全体の信頼を揺るがす。品質管理とは数字ではなく、顧客の心を守る営みである。

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